杉滝(すぎたき)大往生!
明治23年楫取美和子(かとりみわこ)の母杉滝(すぎたき)が84歳で亡くなります。 7人の子供うち、寅次郎、敏三郎、寿、艶の4人に先立たれ辛い日々を送ることもありましたが、晩年の滝には、楫取素彦の活躍も...
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明治23年楫取美和子(かとりみわこ)の母杉滝(すぎたき)が84歳で亡くなります。 7人の子供うち、寅次郎、敏三郎、寿、艶の4人に先立たれ辛い日々を送ることもありましたが、晩年の滝には、楫取素彦の活躍も...
楫取素彦(かとりもとひこ)は、明治23年に貴族院議員(きぞくいんぎいん)に選ばれます。 大日本帝国憲法下の帝国議会では、貴族院と衆議院の二院制をとっていました。 貴族院議員は、皇族議員、華族議員、勅選...
県令として群馬の発展に貢献した楫取素彦は、明治20年に男爵(だんしゃく)を授与され華族(かぞく)となりました。 爵位は、公爵(こうしゃく)・侯爵(こうしゃく)・ 伯爵(はくしゃく) ・ 子爵(ししゃく...
楫取素彦(かとりもとひこ)は、群馬県令を退任した同じ年に元老院議官(げんろういんぎかん)に就任しました。 元老院議官は、明治23年に帝国議会が開設されるまでの間、明治政府の立法機関として存在していまし...
明治17年に楫取素彦は群馬県令を退任しました。 生糸の生産、輸出を拡大し、群馬経済に貢献した楫取は、就学率の向上にも一定の成果をあげ名県令と呼ばれました。 明治23年には、群馬の人々によって前橋市高浜...
楫取素彦と美和子の再婚については「楫取家文書」に「明治一六年五月三日、夫人美和子入嫁す」と記されています。 美和子は、義理の兄に嫁いだわけですが、美和子の兄杉民治も妻の亀子を失ったあとに、亀子の妹幸子...
楫取素彦が妻寿を偲び詠んだ歌 「今はただ 甲斐こそなけれもろともに 花のうてなに住まんちぎりも」 「そのむかし 今ごろ君にわかれしと 思へば悲し朝げする時」 「春雨の そぼつのきばに七年の ふりし昔を...
妻の寿を失った楫取素彦(かとりもとひこ) は、杉民治に宛てた手紙で「寿が亡くなったときに着用していた衣服を洗うことができない」と書いています。 「衣類についた襟垢を洗ってしまうと、寿との思い出までもが...
楫取寿(かとりひさ)は、1881年1月30日43歳で亡くなります。 楫取寿は青山墓地(青山霊園)に葬られたようです。 楫取素彦(かとりもとひこ)が杉民治に送った手紙の中に、「寿を青山墓地に残して前橋に...
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