2018年3月アーカイブ

海苔(のり)の栄養

海藻にはビタミン、ミネラルが豊富に含まれていますが、海苔(のり)の成分にはどのような栄養が含まれているのでしょうか?

まずビタミンですが、ベータカロチン、ビタミンCがとても豊富です。もちろんミネラルもたっぷり含んでいて、必須アミノ酸の含有量は海藻の中で一番です。

さらに、海苔の栄養価で注目すべき点は、たんぱく質の含有量です。良質なたんぱく質を含んでいる食品といえば大豆ですが、海苔はその大豆と同じぐらいたんぱく質を含んでいるのです。

海苔は産地や品質により値段にばらつきがありますが、値段が高い海苔だからといって栄養価が高いとは言い切れません。

産地や色、形、大きさなどの条件により等級が分かれますが、成分量まで測定しているわけではないからです。

ですから、海苔を購入する際は、値段や等級で決めるのではなく味や香り、色など自分の好みあう商品を選ぶようにしましょう。

赤山靱負(あかやまゆきえ)の墓

お由羅騒動(高崎崩れ)は、薩摩藩主島津斉興(しまづなりおき)と嫡男斉彬(なりあきら)の対立から生じた御家騒動です。

斉興の側室お由羅(ゆら)の暗殺を企てたとして、斉興が斉彬派の家臣たちを処分しました。

14人の家臣が切腹を命じられ、その中には日置島津家(ひおきしまづけ)の赤山靱負(あかやまゆきえ)もいました。

28歳という若さでこの世を去った赤山靱負は、日置島津家の菩提寺である桂山寺(けいざんじ)に葬られます。

現在、赤山靱負の墓は鹿児島県日置市の桂山寺跡にあります。

妙円寺詣り(みょうえんじまいり)

妙円寺詣り(みょうえんじまいり)は、薩摩藩で行われた行事のひとつ。

関ヶ原の戦いで戦場に取り残された島津軍は、大将である島津義弘(しまづよしひろ)を逃がすために敵中突破を敢行しました。

この撤退作戦により義弘の身代わりとなった多くの薩摩兵が命を落とします。

戦場から脱出した義弘たちは、苦難の末ようやく薩摩に戻ることができました。

このときの義弘主従の苦難を偲ぶために行われたのが妙円寺詣りです。

妙円寺までの山道を歩き心身を鍛えたとされています。

小吉を負傷させた尾田栄作(横堀三助)

西郷隆盛は小吉と呼ばれていた子供時代に右腕を負傷しました。

妙円寺詣り(みょうえんじまいり)と呼ばれる行事の最中に、他の郷中(ごじゅう)の稚児ともめ事が起こります。

小吉に恨みをもった尾田栄作が、後日小吉を襲い右腕を負傷させました。

小吉を襲った人物は大河ドラマの中では尾田栄作という設定ですが、通説では横堀三助(よこぼりさんすけ)だとされています。

薩摩藩士の子弟のうち、6歳~15歳の子どもは稚児(ちご)、15歳~25歳の青年は二才(にせ)と呼ばれました。

藩士の子どもたちは町(郷中 ごじゅう)ごとにグループ分けされ、年上の者が年下の者を教育しました。

それぞれの町にはリーダー的存在の稚児頭(ちごがしら)と二才頭(にせがしら)がいて、西郷隆盛は下加治屋町郷中(したかじやまちごじゅう)の稚児頭となり、やがて二才頭になったとされています。

鹿児島城(鶴丸城)下には薩摩藩士たちの居住地がありました。

城から近いエリアが上方限(かみほうぎり)、離れたエリアが下方限(しもほうぎり)です。

上方限には上級藩士、下方限には中~下級藩士の住宅があり、西郷隆盛や大久保利通の生家は下方限にありました。

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