2021年3月アーカイブ

渋沢栄一が15歳のとき、姉なかの縁談が破談となる出来事がありました。

なかは気落ちして精神的な病に罹ると、迷信深い伯母のまさ(渋沢宗助の妻)がなかの病は東の家(ひがしんち)の祟りが原因だと騒ぎます。

栄一と父市郎右衛門(いちろうえもん)は祟りなど信じなかったので、上野の室田でなかを療養させることにしました。

父が留守の間にまさが修験者を連れてきて祈祷を始めると、修験者は「なかの病は無縁仏の祟りが原因であり、祠(ほこら)を建てて祀りなさい」と告げます。

栄一は「無縁仏は何年前のことでしょうか」と修験者にたずねると「50~60年前」だと返答しました。

さらに栄一は「50~60年前の年号は」と問いただすと修験者は「天保3年の頃」だと答えたのです。

「天保3年は今から23年前であり、神様が年号を間違えるはずがない。その程度の神さまであれば取るに足らない」と栄一は一刀両断したのです。

ばつが悪くなった修験者は「野狐のしわざだろう」と言い訳しますが、「野狐なら祠を建てて祀る必要はない」との結論になり修験者は退散しました。

渋沢栄一が15歳のとき叔父と一緒に江戸に出かけた江戸で本箱と硯箱を購入したそうです。

1両2分で購入した桐の本箱と硯箱が後日自宅に届くと、それをみた父市郎右衛門が華美すぎると立腹しました。

「こんな贅沢をするようではこの家を保っていくことはできないだろう」とため息をつき、数日間栄一を説教したそうです。

市郎右衛門は身の丈にあった生活をすることの大切さを栄一に説いたのです。

渋沢栄一 13歳で藍葉の買いつけを行う

渋沢栄一は13歳のときに父のかわりに藍葉の買いつけを行います。

父市郎右衛門に祖父のおともをして藍葉を買いつけてくるよう命じられますが、栄一はおじいさんに自分ひとりで買いつけしたいと頼みこみました。

祖父から受け取ったお金を持参して村々を回り買いつけを行いますが、子供なので最初は相手にされません。

栄一は父のまねをして「肥料が少ない」「〆粕を使っていない」「茎の切り方が悪い」など藍葉の鑑定をしたところ、村人たちは栄一の的確な指摘に感心して売ってくれました。

栄一は村々を回り多くの藍を買いつけ父にたいそう褒められたそうです。

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