花燃ゆ

杉文(すぎふみ)の家庭は貧乏

1843年(天保13年)に生まれた杉文(すぎふみ)は、兄が二人、姉が三人、弟が一人の7人兄弟です。

杉家は、長州藩毛利家の下級武士の家柄で、家禄は26石、いろいろな手当を含んでも50石程度しかなく、大家族を養うために畑仕事をして生計を立てる半農藩士でした。

貧乏であったため、使用人を雇うことができす、文の母滝(たき)は、家事、育児、畑仕事と寝る間も惜しんで働き続けたそうです。