赤字からV字回復した日本企業5社|アシックス・ソニー・JALは何を捨て、何を残したのか
赤字に転落した企業は、どうすれば再び成長できるのでしょうか。アシックスは2020年12月期に営業赤字となりましたが、その後は業績を大きく伸ばし、2026年8月には2026年12月期の年間売上高を1兆500億円と見込む通期予想を発表しました。日本企業を振り返ると、日立製作所、ソニー、任天堂、JALも大きな赤字や経営危機を経験したあと、業績を回復しています。5社の復活方法はそれぞれ違います。事業を売却した会社もあれば、事業そのものは残して新しい商品を生み出した会社もあります。5社は何を捨て、何を残したのでしょうか。復活までの経緯を比べると、赤字を止める改革と、その後もう一度成長するための戦略の違いが分かります。
- 赤字からV字回復した日本企業5社は何を変えたのか
- アシックス|売上拡大を追う経営から、利益を残せる事業へ集中
- 日立製作所|「何でも持つ総合電機」から事業そのものを入れ替えた
- ソニー|VAIOを手放しても「ソニーらしさ」は残った
- 任天堂|ゲーム専用機事業を残して黒字化、その後Switchで業績拡大
- JAL|会社更生法まで進んだ企業は、何を残して再出発したのか
- 5社を比べると「何を捨てたか」は同じではなかった
- 事業を捨てた日立・ソニー、事業を残した任天堂
- 5社が残したのは「自社の強みを支える事業や能力」
- コスト削減だけではなぜV字回復できなかったのか
- 赤字を止める改革と、もう一度成長する戦略は別だった
- V字回復した5社に本当に共通していたものは何か
- 筆者の考察|復活した会社は「昔の成功」を取り戻そうとしなかった

赤字からV字回復した日本企業5社は何を変えたのか
| 企業 | 苦境 | 捨てた・縮小した・変えたもの | 残したもの |
| アシックス | 2020年12月期に営業赤字 | 売上拡大を優先する経営、低収益事業・店舗 | ランニングを中心とした競技用品の強み |
| 日立製作所 | 2008年度に7873億円の最終赤字 | 採算性の低い事業、「何でも持つ」事業構造 | 社会インフラ、IT、産業分野の技術と顧客基盤 |
| ソニー | 2011年度に営業赤字、4550億円の純損失 | PC事業、エレクトロニクス事業の高コスト構造 | ゲーム、映像、音楽、コンテンツ、技術 |
| 任天堂 | 2014年3月期まで3期連続営業赤字 | Wii UからSwitchへ、ゲーム機の商品設計を転換 | ゲーム専用機、自社IP、遊びを生み出す力 |
| JAL | 2010年に経営破綻 | 不採算路線、破綻前の事業規模 | 航空事業、安全運航・サービスの基盤 |
5社の「苦境」は、アシックスや任天堂の営業損失、日立の最終損失、JALの経営破綻など基準が異なります。この表では、赤字額の大きさではなく、それぞれが経験した危機と、そこから何を変えたのかを整理しています。
アシックス|売上拡大を追う経営から、利益を残せる事業へ集中
アシックスは2010年代半ばまで売上拡大を進めていましたが、市場の変化への対応が遅れ、積極的な直営店出店などを前提とした投資も収益を圧迫しました。2018年には従来の成長計画を修正し、売上規模より収益性を重視する方向へ経営を切り替えています。
2020年12月期には新型コロナウイルスの影響も重なり、売上高3287億円、営業損失39億円となりました。会社はカテゴリー別経営を導入し、パフォーマンスランニング、中国、デジタルなどへ経営資源を重点的に配分しました。アシックスの統合報告書2024では、この時期を「収益性重視への転換」として振り返っています。
ランニングシューズでは、売れない商品を値引きして処分する売り方を減らし、競争力のある商品を作って粗利益を高める方針を明確にしました。店舗についても、売上と採算性の両方を重視しています。
結果として2023年12月期には売上高5704億円、営業利益542億円、営業利益率9.5%まで改善しました。アシックスが残したのは、長年培ってきたランニングを中心とする競技用品の技術です。変えたのは、その技術をどの商品、地域、販売方法で生かすのかという経営の方向性でした。
日立製作所|「何でも持つ総合電機」から事業そのものを入れ替えた
5社の中でも、会社の形を大きく変えたのが日立製作所です。2008年度には世界金融危機などの影響を受け、最終損失にあたる「親会社株主に帰属する当期純損失」は7873億円となりました。
当時の日立は、情報通信、電力、鉄道などの社会インフラから、薄型テレビやHDDなどのデジタル機器まで幅広い事業を抱える総合電機メーカーでした。多くの事業を持つことは景気変動への備えにもなりますが、採算性の低い事業まで抱え続ければ会社全体の利益を圧迫します。
赤字後の日立は事業構成を大きく見直しました。HDD事業を売却し、薄型テレビの自社生産を終了するなど、かつて日立を象徴していた事業であっても整理の対象にしました。上場子会社の再編も進め、グループの構造そのものを変えていきます。
残したのは、鉄道、電力、産業設備、ITなど、企業や社会インフラと長期間関係を築いてきた事業です。さらにITと社会インフラを組み合わせる「社会イノベーション事業」を経営の中心へ移しました。
2018年度には調整後営業利益7549億円、調整後営業利益率8%を達成しています。日立自身も2018年度決算の説明で、2008年度の7873億円の赤字からのV字回復に区切りをつけたと説明しました。
日立の復活を見ると、「不振事業を立て直して昔の総合電機メーカーへ戻る」という道を選ばなかったことが分かります。企業向け・社会インフラ・デジタルを組み合わせる方向へ会社そのものを変えました。
ソニー|VAIOを手放しても「ソニーらしさ」は残った
テレビ、パソコン、音楽プレーヤーなど、多くの家電を世界へ送り出してきたソニーも、2010年代前半には厳しい状況にありました。2011年度は営業損失657億円、ソニー株主に帰属する純損失4550億円を計上しています。
転換点の一つが事業の選別です。ソニーは2014年、VAIOブランドで展開していたPC事業を譲渡し、テレビ事業を分社化しました。PC、テレビ、販売会社、本社部門などを対象に構造改革を進め、経営資源を成長分野へ振り向ける方針を打ち出します。ソニーの「PC事業及びテレビ事業の変革について」では、PC事業の収束とテレビ事業の収益構造改革を具体的に説明しています。
VAIOはソニーを代表するブランドの一つでした。それでも「有名な商品だから残す」という判断をせず、会社全体でどの事業に資金や人材を配分するかを優先しました。
その後はゲーム、音楽、映画、イメージセンサーなどの存在感が高まりました。2014年度に685億円だった営業利益は、2018年度には8942億円まで増えています。
ソニーが残したものを商品名だけで考えると分かりにくくなります。PCを手放しても、映像、音、ゲーム、コンテンツ、半導体などを通じて新しい体験を作る事業は残りました。何の商品を売る会社なのかより、どこで自社の技術やコンテンツを生かせるのかを優先した再編だったと考えられます。
任天堂|ゲーム専用機事業を残して黒字化、その後Switchで業績拡大
任天堂は、ここまでの3社とは違い、大規模な事業整理を行わず、ゲーム専用機事業を続けました。
任天堂は2012年3月期から2014年3月期まで3期連続で営業赤字となり、2014年3月期の営業損失は464億円でした。Wiiの後継機として発売したWii Uは、ハード・ソフトとも任天堂の当初予想を下回りました。
2015年3月期には営業利益247億円となり、3期連続の営業赤字から黒字へ転換しました。その後もゲーム専用機事業を継続し、2017年3月にNintendo Switchを発売します。
Switchは家庭のテレビにつないで遊べ、本体をドックから外せばそのまま持ち運べます。従来は据置型ゲーム機と携帯型ゲーム機が別々に存在していましたが、Switchはその境界を変えました。
2018年3月期には売上高1兆556億円、営業利益1775億円まで拡大しました。任天堂は2018年3月期の有価証券報告書で、増収の主因をNintendo Switchの好調な販売と説明しています。
任天堂が残したのは、ゲーム専用機を自社で作ること、そしてマリオやゼルダなどのIPを自社のゲーム体験と組み合わせる事業です。そのゲームをどのような機械で、どのような場所で遊ぶのかという商品設計は変わりました。
JAL|会社更生法まで進んだ企業は、何を残して再出発したのか
JALはほかの4社よりも危機の深さと再建条件が異なります。2010年1月に会社更生法の適用を申請し、経営破綻しました。
再建では、金融機関などが返済を求める権利を放棄する債権放棄や100%減資に加え、企業再生支援機構から3500億円の出資を受けました。JALの回復には、社内の改革に加えて外部からの支援も大きく関わっています。
その上で、会社内部でも大規模な改革が行われました。不採算路線から撤退して事業規模を縮小し、人員やグループ会社も減らしました。部門ごとに採算を見る仕組みを導入し、路線ごとの収益も細かく管理するようになります。
JALの「JAL REPORT 2017」によると、不採算路線からの撤退などによって事業規模を60%に縮小し、人員数も40%削減しました。2012年3月期には営業利益2049億円を計上し、同年9月には破綻から約2年8か月で再上場しています。
安全運航、運航ノウハウ、顧客サービスなど、航空会社として必要な事業の基盤は残りました。航空事業を継続しながら、どの路線をどの規模で運航すれば利益を出せるのかを組み直した再建です。
JALの再建には、債権放棄や公的性格を持つ支援、事業規模の縮小、組織改革が重なっています。JALは、法的整理と外部支援を受けながら本業を立て直した点で、ほかの4社とは復活の過程が異なります。
5社を比べると「何を捨てたか」は同じではなかった
事業を捨てた日立・ソニー、事業を残した任天堂
5社の事例を並べると、最初に分かるのは「赤字事業を捨てれば復活できる」という共通の処方箋はないことです。
日立はHDDや薄型テレビなどの事業を整理し、会社の事業構成そのものを変えました。ソニーもPC事業から撤退しています。JALは航空会社という本業を残しながら、不採算路線を整理し、破綻前の事業規模を縮小しました。
アシックスはさらに違います。主力のランニングシューズへ経営資源を集中しました。減らしたのは、不採算店舗や利益率の低い売り方などです。
任天堂はゲーム専用機事業を残しました。Wii Uが当初予想を下回ったあともゲーム専用機事業を継続し、Switchという別の商品を投入しています。
共通していたのは、赤字になる前から続けてきた事業、商品、規模、売り方をそのまま維持しなかったことです。
経営危機に陥った企業には、過去に成功した商品や事業があります。その成功体験が大きいほど、やめる判断も難しくなります。5社が見直した対象はそれぞれ違いますが、いずれも過去のやり方をそのまま続ける選択をやめています。
5社が残したのは「自社の強みを支える事業や能力」
では、何を残したのでしょうか。商品名だけでなく、その会社が長年蓄積してきた能力まで見ると違いが分かります。
アシックスなら、ランニングを中心とする競技用シューズの開発力です。日立なら、鉄道、電力、産業設備、ITなど、社会インフラを長期間支えてきた技術と企業との関係があります。
ソニーはVAIOを手放しましたが、映像や音、ゲーム、コンテンツ、半導体などの技術は残りました。任天堂はゲーム機とIPを残しています。JALでは、安全に人を運ぶための運航能力など、航空事業の基盤が維持されました。
商品や事業の名前は変わっても、顧客がその会社を選ぶ理由まで捨ててしまえば、次の成長源も失います。
何を残すかという判断と、それ以外を縮小する判断は連動していました。日立が事業を整理したのも、ソニーがPCから撤退したのも、残した分野へ人や資金を配分する意味がありました。
コスト削減だけではなぜV字回復できなかったのか
赤字を止める改革と、もう一度成長する戦略は別だった
赤字企業の再建では、支出の削減が選択肢の一つです。不採算事業の撤退、店舗閉鎖、人員削減、固定費の圧縮などは、損失を小さくする手段になります。
JALはその典型です。不採算路線を整理し、事業規模や人員を減らしたことでコスト構造を大きく変えました。ソニーもPC事業の収束と同時に、販売、製造、本社部門の規模を見直しています。
こうした施策は、主に損失を減らし、収益構造を改善するためのものです。その後に成長へ移るには、「何で稼ぐのか」という課題が残ります。
アシックスはパフォーマンスランニングを中心に競争力のある商品へ資源を集中しました。値引きを前提に商品を大量に売るより、顧客が値引きなしでも選ぶ商品を増やすことで利益率を高める方向へ進みます。
日立は事業整理後、ITと社会インフラを組み合わせた社会イノベーション事業を成長の中心に置きました。ソニーではゲーム、音楽、映画、イメージセンサーなどが収益を支えるようになります。
任天堂では、Switchの販売拡大がその後の業績拡大を大きく支えました。2018年3月期の売上高は前年から2倍以上に増えており、売上増の主因として会社自身がSwitchの販売を挙げています。
V字回復した5社に本当に共通していたものは何か
筆者の考察|復活した会社は「昔の成功」を取り戻そうとしなかった
ソニーはVAIOを手放し、日立は薄型テレビの自社生産やHDD事業を整理し、任天堂はWii Uの次にSwitchを投入しました。
アシックスも2010年代前半の売上拡大路線へ戻らず、利益率を重視する会社へ変化しています。JALも破綻前と同じ事業規模をすぐに取り戻すことを目標にはせず、路線や組織を組み直しました。
企業が大きな赤字に陥ったとき、「以前はこの商品が売れていた」「昔はこの事業で利益を出していた」という経験があります。だからこそ、元の状態へ戻そうとする考えも生まれます。
私には、5社の共通点は「大胆に捨てたこと」より、過去の成功モデルと、自社に残すべき強みを切り分けたことにあるように見えます。
昔売れた商品や昔の事業構造は変えられます。それでも、顧客がその会社を選んできた理由や、長い時間をかけて蓄積した技術、ブランド、IP、顧客基盤までは手放しません。その選別ができた企業は、残した強みを次の商品や事業へ使っています。
5社は置かれた条件が異なります。JALは法的整理と外部支援を受けています。任天堂のように大規模な事業売却をせず復活した会社もあります。5社を「これをすればV字回復する」という一つの方法でまとめるより、何を変え、何を会社の核として残したのかを見る方が、それぞれの違いを説明できます。
