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真田丸

豊臣秀次高野山送り 石田三成ら奉行衆による詰問

1595年7月3日秀吉は豊臣秀次に対し詰問の使者を送ります。

使者として派遣された者は石田三成たち奉行衆です。

聚楽第に居た秀次は使者の口上を聞き驚愕します。自分に謀反の疑いがかけられていたからです。

「鹿狩りと称して山中で謀反の算段をしたり、武具の用意をしているとの噂がある。これはどういうことか!」と詰問したのです。

秀次は即座に謀反の意思がないことを伝え誓紙を提出します。

秀次の誓紙を受け取った奉行衆は帰りますが、7月8日になると「すぐに伏見に来るように」との秀吉からの書状が秀次に届きました。

秀次はすぐに伏見に向かいますが秀吉との謁見は許されず、屋敷で待機していたところ高野山行きが命じられたのです。

秀吉に一言も弁解することができなかった秀次はその日のうちに高野山に向け出立しました。